ENo.0127　ウィリアム・ブロックルハースト

――セーフルーム

青い尖塔の地下に設えられた小さな部屋。
かつて隣接する建物が異形と化す以前には、
生み出される冨を蔵匿すべく重用されていた宝物の殿。
歳月が厳めしさを刻み続ける塔の外観とは対照的に、
地下室の内部は豪奢に設えられていた。



――寝床の上で少年が煙を吹かす。
彼はこの広大な空間を専ら倉庫として用いていた。

壁面にうず高く積まれた茶葉の山。
発酵と乾燥が進行した茶葉は赤銅色に染まり、
煙の香りと混ざって室内を満たしている。
この茶葉こそが少年を悩ませる巨大な負債の正体であった。

その煙を吸い込めば強烈な陶酔を得ることが出来る魔法の茶葉。
先の戦いの折り、とある女から全財産を叩いて買い付けた代物。
しかし時期が悪かった。
買取りの契約を結んで程無く女神たちの謀は終わり、
全ての茶葉は無用となった。

多くの魔王が役目を終えて去りゆく中、
居を移す金すらも失った少年はこの地に留まらざるを得なかった。
煙に酔った勢いはあれど、何故これほどの過ちを犯したか。
自責に疲れた少年は、次第に地下室に籠りがちになった。

「…………。」

大きく煙を吸い込んだ少年がうろんな表情を浮かべる。
葉巻を持つ指は微かに震え、
口端から零れる雫を拭おうともしない。
瞳の先は茶葉の山を向いてはいるが、
果たしてその焦点は当ても無く中空を見つめていた。

――再び戦いが始まる。
女神たちの気まぐれ、見せかけの戦い。
されどこれは機会である。
忌々しい茶葉を売り払い、巨大な富を手に入れる！

しかして大っぴらに売り歩くことは出来ない。
故郷の二の轍は避けなければならない。
信用できる仲買人も居ない。
軍靴に踏み込まれる事態だけは避けなければならない。

あくまで客に望まれるように。
売って欲しいと懇願する者にだけ売れば良い。
この茶葉にはそういう魔法が掛かっているのだ。

「……。」

乱雑に掴み出した茶葉を懐に捻じ込むと、
ゆっくりと立ち上がる。

まずは金だ。
金を得ることから始めて行かなくてはならない。
金を増やすためには金が要るのだ。

――やがてこの一掴みを金塊に変えるために。