ENo.0027　妖精商のガイウス

男の父はジャムやニシンの瓶詰工場に瓶を売る仕事をしていました。男が子供のみぎりから瓶は彼の身近にあって、よい遊び相手でした。
ある時彼はむかし妖術の勉強をしていたのだという雑役婦をからかってやろうと、瓶で妖精を捕まえました。妖精が住むというイラクサの近くで瓶を振って、急いでふたを閉めたのです。
瓶の中の妖精を見て雑役婦はとても喜んで、彼をほめたたえました。彼は、世の中にはなんて馬鹿な人間がいるのだろう。自分の信じる者のために、目に見える世界すらゆがめるなんて。と思いました。彼に見えていたのは空の瓶でした。

そのうちに男の父の仕事がうまくいかなくなりました。割れやすい瓶よりも、もっとずっとジャムやニシンを入れるのによい入れ物ができたからです。
男の父はため息をつきました。
「この瓶はもうずっとからっぽだろう。入るものがない入れ物に価値はないのだから」
男は父の溜息を瓶に入れておどけました。
「これは父さんの口から吐き出された幸運の妖精だ。にがしちゃいけないよ。ぐっと歯を食いしばってこいつらを腹の中にためておくのが、よりうまい生き方さ」
男の父は、もう一つため息をつきました。
「お前をそんな香具師に育てた覚えはない」
疲れていたのでしょう。男の父はそのうちに病んで死んでしまいました。それは暑い日のことでしたが、病室にはそよそよと風が吹いていました。扇ぎ人が雇われていたからです。
扇ぎ人は青い目をした異国の男で、男の父が息を引き取るまでという約束で雇われていました。
男は扇ぎ人が役目を終えたので給金を払いました。しかし彼は驚くべきことを言い出したのです。
「最初に取り決めた給金の代わりに、ほしいものがあるのです」
「父の最後を穏やかにしてくれたお前の言葉を聞きたい。もっとも、最初の取り決めより大きい金額になるようなものはもうここには残っていないだろうがな」
扇ぎ人は病室の窓辺に置かれた瓶を指さしました。
「その金色の幸運の妖精をいただけないでしょうか」
男は、幸運の妖精のことなどすっかり忘れていましたから何のことだろうかと思いましたが、窓辺の瓶をみて尊大にうなずきました。男がその瓶に何が入っているか知らないことを、扇ぎ人は知らなかったからです。
「あれは父のものだった。私には無用だ。くれてやろう」
扇ぎ人は瓶をもらい受けると軽やかにその場を立ち去りました。