ENo.0084　『海底魔王』Ms.SEABED

「あのゴーグルはどうしたんだい？」
『古き音色』の神はあたしを覗き込んでそう言った。

あたしをこの世界に連れてきた『古き音色』の神は山一つ分あるのではないかというくらい、大きい。…そして何より特徴的なのはその頭である。身体は20代～30代女性のものであったが、ヘッドはそのまま―――蓄音機なのである。
今はもう慣れてしまったがその大きな図体が近づくと圧巻であった。
蓄音機のホーンの奥の『暗闇』をじっと見ているとまるで深い谷底を覗き込んでいる気分になって、あたしは目を逸らして答えた。
「どこかで無くしたみたいだわ。…ま、今のあたしにはもう必要のないものだけど。」
どこで無くしたかは大体予想できるのだがそこまでは言わなかった。
「キミはその顔を隠し続けるのかと思っていたよ。いやあ、良いことだ。私はその不気味な瞳、好きだよ。」
「………これから魔王として支配する側になるというのに自分の顔に怯えているなんておかしいわ。いっそ両の眼がおかしいと言えるぐらい、あたしが中心にならないと。」
『古き音色』の神はパチパチと雑に手を叩いた。
「いいね。その前向きな考え、悪くない。魔王にした甲斐があったってね。……で、これからどうするのだい？」
「魔力をかき集める。勇者どもを薙ぎ払っているとあたしの中の魔力が増えていく感覚があるから。それに、他の魔王共からいただけないかしら…。ともかく、時間が惜しいのだわ。」
あたしは、一つしかない眼をカッと開く。
「あたしの受けた苦しみを知らずに平和に暮らすあいつらを支配してやる。同じ苦しみを味あわせてやる…。あたしは、あたしの居場所を取り戻すのよ。」