ENo.0101　タルト

みなさんは、悪魔という生き物を知っていますよね。

そう、大体、尖った耳、蝙蝠のような翼、羊のような角、矢じりの先っぽのような尻尾を持った感じの姿で現れて、色々と悪いことをするあの悪魔です。
悪魔のレーゾンデートルは、人間を誘惑して堕落させることにあります。それは、今も昔も変わりません。
言葉巧みに甘い言葉で欲望を刺激し、詐欺まがいのやり口で報酬として魂を奪う……そういうものを想像しませんでしたか？
そんな「いかにも悪魔らしい悪魔」なんてのは、今となってはほとんどいなかったりします。少なくとも、もうセラ＝モリリアには住んでいません。
そういうやり方はあんまり効率が良くないですし、派手にやると怖い人に目を付けられてたりするので、うまく続けてゆくのはとても大変なのです。
ひどい時には退治されてしまったりすることだってあります。

今の悪魔はもっと穏便に、スマートな手段を使う方向に作戦を変えているのです。
その手段とは、人間の世界に商品やサービスを提供することでたくみに人間の欲望に付け込み、堕落させてしまおう！というものでした。
嘘をつくことが出来ず、契約を必ず守る悪魔はビジネスパートナーとしてとても優秀だったので、それはなんだかもうびっくりするくらいうまくいきました。

油分たっぷりのファーストフードを安く大量に販売して人間の健康に多大なダメージを与えた悪魔もいますし、
人間をダメにするフワフワのイスを作って、やる気を奪うことに成功した悪魔もいます。
最近は、人間の凶暴性を刺激するようなゲームを作って大ヒットを飛ばした悪魔なんていうのもいます。

そうやって、時代の変化に合わせて、悪魔はあの手この手で人間を堕落させることに日々心血を注いでいるのでした。

そのためには人間社会のことをよく勉強し、優秀な悪魔材を育成する必要がありました。
なので、セラ＝モリリアの悪魔の子供はみんな学校に通い、社交性を学び、自分の得意な科目や、将来やりたいことを発見したりしながら成長し、
やがて卒業して人間のいる世界へと魔法陣を使って送り出されてゆくのでした。


今、お城の物見塔のテッペンに登って、日の出を待っているこの悪魔の少女……タルトもそんなセラ＝モリリア出身の悪魔でした。
風がピンク色の髪をなかなかの勢いでなびかせていますが、それを物ともせず、尖った塔の先っぽに器用にバランスを取って立っています。
セラ＝モリリアに朝はありません。どんな時でも美しい星と月が天をキラキラ輝かせています。
なので、夜明けというものがどんなものか彼女は話でしか知らないので、こうしていまかいまかと待ち構えているのでした。

ところで、このタルト。学校を卒業して働きに出るには、かなり幼い見た目をしていましたし、実際に、卒業するどころか、入学して間もないくらいの年齢でした。
そんな彼女が、何故こんなところにいるのでしょうか？春休み？違います。
それは、学校を不登校で休み、家出をして飛び出してきたからです。それに至るまでの経緯はとりあえず置いておくとして、彼女には二つの目的がありました。

１、友達をいっぱい作る
２、お菓子作りのレベル上げをする

というものです。
１は分かりますが、２はなんでしょう？彼女はお菓子屋さんになりたいのでしょうか？

実は、そうなのです。
セラ＝モリリア悪魔の卒業後の進路として、女の子に一番人気があるのはお菓子屋さんでした。
甘い言葉の代わりにかわいいケーキやチョコレートの甘い匂いで欲望を刺激し、ダイエットしている女子などを主なターゲットにして、悪の道へと誘い込むのです。
タルトも、将来の夢はお菓子屋さんと決めていました。
紅茶の女神が作った世界というくらいですから、それに合うお茶菓子の充実っぷりも神レベルに違いありません。
たとえ、そうでなくても、色々な世界から人が集まっているのですから、学校やセラ＝モリリアの中だけで学ぶよりも生きた知識を得られるハズだとタルトは考えていました。

「そこまで先のことを考えてる私ってエラいかも？！」

そうやって自分を褒めてみたりするタルトでしたが、彼女は不登校の引きこもり悪魔です。
お菓子のことを学びたい……というのは嘘ではありませんが、
新しい生まれたての世界でゼロからスタートして、友達を作ったり、色々な経験をして新しい自分に生まれ変わりたいというのが本当のところでした。

要するに、新世界デビューするんだもんね！！と、ハップンしているのでした。

新世界デビューはワリと幸先の良いスタートを切りました。
なぜなら、転送魔法陣が開いた近くの砂漠に、すぐに住める無人のお城が見つかったからです。
なかなかエキゾチックなお城で、屋根がまるでマコロンのような形をしているところをえらく気に入ったタルトは、そこに住むことに決めたのでした。
たまたま無人だったから良いものの、普通は怒られてしまうのでみなさんは真似しないで下さいね。


―――さて、そうこうしているうちに、東の空が明るくなってきました。

夜明けです。

山が端からだんだん真っ白に染まってゆき、湖がダイアモンドのように輝き始めました。
空は紫と青のグラデーション模様です。

生まれて初めて生で見る夜明けの風景に、タルトはとても感動しました。

「素敵な１日が始まりそう、きっと全部うまくいくよね！」

……夜明けと共に、地平線の彼方から勇者の一団が向かってきていることに、タルトは全く気付いていませんでした。