ENo.0152　『さまよう焼け跡』の魔王

　
紅茶の大地の一角に、薔薇に包まれた庭を持つ館がありました。
この大地の魔王たちに数多い、天へと伸びる建築様式とは真反対、
調度や設えこそ華美であれ、城、と呼ぶには低い家、
守りの設備も、重厚といえ鉄造の、門と柵があるだけの、
それこそが『さまよう焼け跡』の魔王のすみかでした。

「誕生日の茶会？」
『さまよう焼け跡』の魔王は眉根に皺を寄せました。

「ために、多くの茶葉と戦士の魂を集めるのですとか」
『俯き遠ざける腕』の姫君が、肩に回されようとした手を押しのけながら言いました。

「気に入らない。私はおまえたちと一緒に暮らすのよ。
　女神が誕生会をやろうと結婚式をやろうと、知ったことじゃありゃしない」
「ああ、でも偉大なる魔王さま」
『見つめる諦め』の姫君が、窓のカーテンの隙間から、館の外を見て言いました。

「女神のやつの呼ばわった、勇者たちの群れがほら、もうあんなところまで。
　この館ももうおしまいでございます」
「おまえはいつでも気が早い」
『さまよう焼け跡』の魔王は身を沈めていたソファを立ち、
『見つめる諦め』の姫君の後ろから、そっと勇者たちを見つめました。

「でもどうしましょう、魔王さま。
　ウィザードは田舎のフィアンセに求婚にゆき、アーチャーはクビになりました。
　アラームと工場だって、あの音がうるさいからと棄ててしまわれた。
　大仰なのが可愛くないからと、魔力炉も処分したばかり。
　この館に残るのは、わたくしたちと魔王さまと……」
『俯き遠ざける腕』の姫君が伏せがちな目をやると、
その先で虚無ナイトが、重そうな鎧に身を包んだまま、
熱心に折り紙コップを折っていました。
虚無ナイトが一度こうした虚無に夢中になると、
もうテコでも動きません。
床にはすでに数十個の折り紙コップが広がっています。

「この私が出るしかないわ、愛しい姫よ。
　おまえたちは館の奥で隠れていなさい。
　もしも勇者が来たのなら、自慢の魔法で焼き尽くしなさい」
そこまで言って、『さまよう焼け跡』の魔王は、はてと首をかしげました。

「でも思えばこの窓から、それとも屋上の庭からだって、
　勇者はいくらも見えている。
　おまえたちがここからやつらを魔法で焼いたって、
　悪いことはひとつもない」
「卓見でございます魔王さま」
『俯き遠ざける腕』の姫君が、顎を撫でようとした手を押しのけながら言いました。
『見つめる諦め』の姫君は、あいかわらず勇者たちを見つめたまま、何も言わずに微笑みました。
虚無ナイトの折りまくる折り紙コップは、百個の大台に乗ろうとしています。


「ではゆこうじゃない、
　女神の茶会に興味はない、義理もない、
　でもこの私には、おまえたちと暮らす家が要る」


「邪魔するものは、赦しはしない」


「もう二度と」