ENo.0140　動揺せし者の停続幻影は出逢いの厨に半身付随=不随の腐食下半身

時は来た。出会い芽吹き、花咲き散る酔夜が訪れ、そして侘び、はたまた錆と流れ行く。止まない雨がないように、生の理も果てに至るときが来る。若さは老い、健やかは病み、芽は朽ちる。愛が死ぬ。人が死ぬ。思いが死ぬ。信仰が死ぬ。変わらないものなどあろうものか。終わらないものなどあろうものか。永遠など。――だが、人はそれに焦がれてしまう。ゆるぎない物。変わらないもの。その結晶があると、この世に正に在るのだと。信じられるものを探している。縋っている。何故ならば、人は信じる生き物だからだ。つまりそれは疑い続ける生き物であるという事だ。この世に最悪の発明があるとすれば、それは宗教だと言う者もいるだろう。だが、俺はあえて強く言おう。宗教は永遠に無くなる事はない。人は、信じる事を捨てきることが出来ない。お前がそれを出来ると言うのならば。それはお前自身にも気付かれないように無意識にその手に握られているのだ。


でなければ、耐えられぬ。全てに意味はなく。過去の痛みも今の乾きも、未来の暗夜の不安も、歪に歪んだ心も、招く不合理にも、全てに意味がないとしたら、救いなど無いとしたら。それでもそこから逃れられないのだとしたら？悲しみも喜びも怒りも、己の抱いた全てがただただ空虚な物でしかないと。ただただ、死ぬまで生きるだけの、生の理だとすれば。もがき足掻けど、価値など無いのだとしたら。全てが、そう、虚無なのだとしたら。耐えられるか？虚無の中で、虚無の赴くままに蛇足で生きて、生かされ、傷ついているのだとお前はその全てに耐えられるか？受け入れられるか？笑えるか？心の、充足の、欠如を埋められるか？人は誰もが、足元に鎖が巻きつけられている。その鎖は底に繋がっている。誰しもが底に崩れ落ちる。健やかなる者、持ちし者、許されし者。それらが、己が己の立場を分からぬままに、反転する位に親近を覚えないが故に見出した無理解。至らぬ共感。振るった采配。お前は何も特別ではないと。お前が蔑み、捨て置いた、憐れなる求む者たちと同じなのだと。いつか、その闇がお前を捉えると知った方がいい。お前が今は底に近くないだけだという事が。お前がお前自身の顔を覗けていない事を。病みは茶番劇の他人事ではないと知るべきだ。お前の存在し生活してきた位置を、高さを、方位を認めよ。他者のそれを認めよ。であらば、分かるだろう。それらはどれほどに強大で、優しくて、無慈悲に、残酷に、どれだけの人を、誰かを救うのか。そして知るだろう。その神が、信仰が、ただ形を変えてお前にも巣食っているのだと。それでもなお、この先の虚無の闇を知り、それでも嗤えるならば。それこそが狂気であり、病魔で。それを見えないように、考えないように、思考を放棄していることに。眼を逸らして矛先を弱者に向けて、ごまかして、心を保つ己の歪さを見よ。己を、自覚しろ。
虚ろさと、暴力に染まった己の、醜さを。人は皆、歪なる神の徒、羊飼いの子、下されし神の僕である。

「――それで？では、お主は何を信じているんでござるか」

「――――下らない僕が信じるもの。それは。」


BLACK TEA CONQUEST




「たのもーーー」

荒野に声が一つ。歪にそびえたった古き城に音が二つ。閉じられた門を叩いて声を出す者が一人。

「たのもー」

その姿は、怪しげな色に染められていて。

「たのもーーーーーーーーーーーーー」

腕を振り上げ扉を小突く度に、その彩色は舞い散るように風に吹かれている。

「たのもーーーーーーーー」

繰り返される応答の要請。繰り返す沈黙の後に、桃色の人影は痺れを切らしたような声を門に投げかける。

「いや、たのもーーーーーーーってこっち言ってるんだから話ぐらい聞きにこいやで御座る！！！」


「おぬしに言ってるんで御座るよ！窓からこっち覗いてるどころか、おもっくそ首を窓からはみ出しといてなんでそんなじぃっとずっと見つめてるの？？？こっちこいや！！！！！それか窓閉めろや！！！！」

城の扉から、漸く一人の男が顔を覗かせると、慌てた様子も無く悠然と歩き、その門を開いた。
「はい、どちら様ですか」
「こっちこそどちら様ですかって感じで御座るがそこは置いとくけども。拙者は春蔵と申す者で御座る。この姿から警戒されているのかもしれぬが、怪しいものではござらん」

その客は、まさに色艶やかにその姿を春を思わせる一色に全身を染めていた。

「いや、ぶっちゃけ相当に怪しい姿をしている己を自覚したらどうだ。不審者にしか見えんぞ。公序良俗という言葉を知っているか？不採用だ。お祈りいたします。」
「いや、まぁ。そうだろうけども。拙者引く位ピンクで御座るけどもいきなり面接を打ち切る前にこちらの用件も聞いて欲しいで御座る。先っちょだけでもまからんか。ほら、拙者全然怪しくないで御座るよ。にんにん！！！」

指を鳴らすと、一面に艶やかな花びらが吹き荒れて渦を巻く。見れば、荒野である足元に先ほどまでは無いはずの色とりどりの花が顔を覗かせていた。

「これは……」
「拙者はこの通り、花を操ることが出来る。この桃い桃いゆるふわ姿もその名残。この色鮮やかな花を見て警戒を解くがよいぞ。」

「いやそこまで浮かれられるのもちょっとどうなのかなって感じで御座るなぁ。」


「成る程な。確かに見事な花咲き捌きだ。だが、それだけで俺の眼をくもらせる事は出来ない。おおかたお前はそうやって出会い頭に花を咲かせて。話にも花を咲かせて色鮮やかな雰囲気に持ち込んで、ちょっと気を許しただけで整合性取れてないことから眼を逸らさせてなし崩し的に勢いで心と体を開いて、なんか君のこと好きになっちゃったとか花の種撒いたり貴方の子供が出来たのとか突然もって行くタイプの人種と見た。」
「流れであわよくばを狙うような貴様は山にピクニックにでも遭難でもして吊橋渡って胸を弾ませて誤認婚約でも済ませてくるがいい」
「えっ、なんで拙者出会い頭にここまで全否定されてるの？」
「俺はユート。呪師ユート。人を呪わば穴二つ。俺は前後不覚には至らない。押して駄目なら引いてみるか？前が駄目でも後ろが在るか？いいや、無いさ。俺が未熟なる動停ならば、野に咲く花に見惚れているうちにここで貴様の歯牙にかかっていたであろうが生憎俺は非動停。覚えておくが良い。この世は正に、動揺し、傷つき膝をついたものから地軸の回転に置いていかれて朽ち果てていく動停世界。動揺せし者の停続空間。世界に殺された憐れなる動停達の骸に立ち、歩き続けるものこそ非動停。俺は動停ではない。故に貴様にも食われない。」
「何故なら俺は既に喰われているからだ。とも子という女だ。この、この俺を。この俺をだぞ！？一瞬で魅了し、喰い散らかした者。くっ、殺せと言うまでも無く持っていかれた。俺はとも子に喰われて、この身を腐敗に落とした。今もなお俺はとも子を求めて、探して。世界を彷徨っている。我が渇きを癒す救いはとも子のみ。俺はそうして、己が道程を奪われたのだ！」

「さぁ！！！我が下半身を見るがいい！！！」
「えっ、えっ」
「いざ、見よ！！！！！！」
「……うん」
「見ての通り、俺の半身は腐り果てている。腐食の呪い。とも子に心奪われて。そして捨てられた俺の欲望が呼応して作用したこの呪いによって、我が半身は動き、駆動を止めた。表情一つ変わらず、ぴくりとも動かなくなった。そう、俺は病み、概念的にも物理的にも半身を腐らせている。俺は膝をついた。だが、このまま花の養分になって枯れていくのは本意ではない。俺は、立ち上がらなければならない。立たさねばならない。正さねばならない。それが生きるという事だ。」
「……こんな形なんだ……ぐろてすく……いや、じゃなくて何で拙者こんな出会い頭に腐った現実突き付けられてるんで御座ろう」
「こっちの話も聞いてくれるでござっか？(とも子？)」

「お主だけスッキリしたらとっとと帰れで御座るか酷くない！？」
「からの、ヴォルテクス！！」

「！！」

叫びに呼応して、地に顔を覗かせた花が、突如として吹き出て湧いた水の群れに流されると色とりどりが連なって、両者の間で小さな渦を巻く。
｢まぁお主の言ってる事若干当たってる所あるんで御座るよ。拙者は春蔵。花隠の春蔵。これ即ち、忍び。拙者の用件は」
「“城攻め”で御座る！｣

渦はユートを取り囲み、縛り付ける。

「貴様は……！」
「いや、とも子じゃないからそういうのいいから拙者そういうの求めてないから。拙者はただ、城に入りたいだけで御座る！先っちょだけでは済まぬでござるがな！！」
「とも子。」
「とも子！！！！！！！！」
叫びに呼応し、男の半身から緑黒の揺らめきが立ち上る。それははためく様に形を変えて翼を模した。





「――飛んだだと……」
「言った筈だ。俺を縛ることが出来るのは、ヒュッ！とも、ヒュン！！」





「……なぜだ、いや」

to be continued.