ENo.0141　石塊の間隙に住まう陽光と微風の君

ペブルカは世界よりほんの少しだけ早く目を覚ましました。空はまだ薄暗く、地平線の彼方からぼんやりと朝の気配がするばかりです。
ペブルカがその小さな小さな手を軽く振ると、レースのカーテンがひとりでに翻り、鎧戸とガラス窓が音を立てて開きます。いつももと変わらない、爽やかな初夏の風が窓から吹き込みました。うっすらと白み始めた空にはぽつりぽつりと綿雲が浮かんでいるばかりで、どうやら今日も晴れるようです。
ペブルカは籐を編んで作られたベッドから抜け出して、まだ暗い家の中を通って外へ出ました。育てているイシコログサ達の様子を見なければならないからでした。
ペブルカの、ミニチュアのような家は高い崖の上にありました。イシコログサのために少しでも太陽と風が届く場所を求めたペブルカに、この領地を治める鰐の魔王ジャカーレルが貸してくれたのです。崖の上には背の低い（とはいえ気を抜くとペブルカは埋まってしまうのですが）草が生えているばかりで、背の高い木はありません。そんな草原の只中にぽつんと、ペブルカが設置した温室がありました。屋根と前後の壁だけで、横は開いています。そこから初夏の風が吹き込んで、中にずらりと並ぶイシコログサ達に新鮮な空気を送っているのでした。
ペブルカが自分の家から出ると、ちょうど黒い影が近づいてくるのが見えました。
「おはようございます、ペブルカ様」
「おはよう、オンボス。キミも相変わらず早いね」
オンボスは黒い鱗をした二足歩行のワニ型生物で、ジャカーレルがペブルカの世話役として派遣してくれた鰐の騎士でした。ジャカーレルの息子であり部下でもあるワニ型生物達は大抵陽気で騒がしいのですが、オンボスは例外的に思慮深く物静かなワニでした。彼はあまり睡眠を必要としないようで、ペブルカが起きると大抵既に起きていました。
「温室まで連れて行ってくれるかな」
「承知しました」
オンボスの大きな手に乗って、ペブルカは温室へ向かいます。崖からはジャカーレルが治める水源の森と、紅瑪瑙の城がよく見えました。
「勇者は今日からだっけ」
「左様でございます」
「そうか。楽しみだな。ボクの作ったものがやっと試せるよ」
「配置は既に済んでおります。いつでも迎撃可能です」
「流石。ありがとうね」
オンボスの指先を撫でてやりながら、ペブルカは背後を振り返りました。
とてもちっぽけなペブルカの家。
その背後には、高い塔をいくつも備えた白い城が天を衝いておりました。
ペブルカがジャカーレルより預かった、生まれたての魔王城でした。