ENo.0271　ドーリィ・ドール

　こんなものか、と思う。
　諦めて去っていく勇者と名付けられたモノ達を見送りながら、ドーリィは内心そっと胸を撫で下ろした。

　不安でないはずがなかった。自分を作った主に与えられた命令。そのために造られたことを知っていても、それを自分が正しく果たせるかどうかまでは分からない。
　それは自分を作った主の腕前を疑うことに繋がりかねないことを知っているが、だからこそ、自分がうまくできないことは彼への毀損になりかねないのだ。
　彼がそれを気にするかどうかはまた別として、自分自身、そうしたい、そう在りたいと思っている。

　防衛に協力してくれた魔王たちに頭を下げて別れを告げ、ユニットによって造られた茶葉や兵器を回収する。淡々とした作業だ。これが恐らくは、この先、日常となる。
　早く慣れなければならないと思った。うまくやれるように。うまくやるのだ。期待されたことを、自分自身に期待している。
　うまくやるのだ。言い聞かす。

　大きな損害のないことを確認した。
　収穫もある。戦果は上々。万全とまでは言わないが、初めてにしては悪くない。
　報告をしなければ。自分の築いた仮初の城の管理をユニットたちに任せて、主の住まう城まで足を向ける。

　そこに勇者どもが押し寄せるときは。
　自分が役割を仕損じたときだ。



　軋みの鳴る扉を開ける。
　主の気配を探すが見つからない。自分を造ったものとして、常に在るはずの繋がりが遠い。近づけば分かるはずだったが、少なくとも今は城の浅いところには存在していないようだ。
「……失礼します」
　礼儀と頭を下げて進む。深く、奥へと沈んでいく。この城がどのようにできているのかはドーリィにはよくわからない。自分の組んだ城とは全く違う構造をしているようだった。兵も、茶葉も、何もない。ただ安住のみを求めた造り。
　それが建物として、城として、本来の正しい形であることをドーリィは知らない。

　深くへ進むにつれ光が届かず暗くなっていく。夜目はきくよう造られたから不便ではないが、どこか気分が塞いでいく。
　主の気配を確かに見つけてしまった。この先に主がいることは間違いがない。だからこそだ。
　だからこそ、こんなに寂しく暗い、ユニットもいない、他の魔王が立ち入ることもない場所に主がいることが。

「……魔王様」

　主が、いることが。

　投げ出された掌を見た。造られたものだ。自分の掌と似ている。或いは同じパーツかもしれない。同じように造られたかもしれないそれが、自分のそれと違って、動かない。
　積み上がっている。数多く。掌だけではない。身体も、足も、光のない瞳も、長い髪の毛も、指先、あらぬ方向に曲がった足首、そうだ、それらはきっと、
　うまくは作られなかったものだ。

「魔王様」

　名を読んだ。黒い影が振り返る。腕に掴んだそれにも力がないから、多分、それも同じだ。うまくはできなかったのだ。

「魔王様。どういたしましたか」
「ドーリィ」

　名を呼ばれた。それは、他ならぬ自分に与えられた名だった。

「魔王様。ドーリィです。勇者は帰っていきました。兵も茶葉もできました。今回は、きっと、うまくいきました。また訪れることもあるでしょう。次も、うまくやります。魔王様の望むように」
「ドーリィ」
「はい。ドーリィです。ドーリィは、うまくやります。だから」

「だから、次の代替を作る必要は、ないのですよ」

　魔王様。
　魔王様。

「魔王様。私はうまくできています。だから、大丈夫なのです。魔王様。次は必要ありません。安心してください」

　魔王様。

「魔王様。ドーリィは、大丈夫です」

　たくさんに積み上げられた出来損ないの中で、それでも自分だけは完成品であり、あなたのそばに寄り添えるのだと。
　声は、果たして届くのだろうか。

　魔王様。