ENo.0055　黒いの

《さっそく『勇者』が来たようだね》


　戦いの一部始終を見ていたのでしょう。
　どこからか現れた『白い月塔の主』は興味深そうに呟きました。


「『ユウシャ』？」

《さっき君達が倒した、あの人々のことさ》


　黒いの達は、先ほど塵と消えた者達のことを思い出します。
　昔、自分達が出逢った『ユウシャ』とは随分違う気がしました。
　何と言えば良いのか……そう、とても弱かったのです。


「ほんとに、アレが『ユウシャ』ー？」

《そうだよ。少なくともこの世界ではね》


　何度倒しても蘇っては城へとかじりつき、そうして奥を目指してやってくる不死の戦士。
　それが『ユウシャ』なのだとしたらソレはとても恐ろしい話です。
　自分たちの世界を荒らしたあの『ユウシャ』達は少なくとも不死身では無かったからこそ、どれほど強くとも倒せたのです。
　それがもしも不死身になったら……？
　考えるだけで恐ろしい出来事に、黒いの達は震え上がりました。


「ほんとに……だいじょぶ？」

《うん。大丈夫》

「……」


　なおも不安そうな黒いの達。
　やはり、自分達の創造主であり親のようなものである『かみさま』を滅ぼした存在と似た様な存在を前にしては、平静ではいられないのでしょう。

　その様子を見ていた『白き月塔の主』は口を開きます。


《君達だけだと、不安かい？》

「……ふあん」

《戦って、茶葉を作って、女神に対抗していけそうかい？》

「……できる、かなー……？」

《そう……そこまで不安なんだね》


　これは黒いの達だけでは、先が思いやられそうです。
　しかし、『白き月塔の主』は微笑みました。


《……それでは、こういうのはどうだろう？》


　ざあ、と強い風が吹きます。
　その囁きは風の音にかき消されてしまいました。


　その唇が何と告げたのか。
　それは、黒いのと『白き月塔の主』だけが知る、細やかな秘密となったのでした。