ENo.0139　ラトナ

初めて対峙した勇者は……とても恐ろしい存在でした。
死体が灰となって城の外へと吹き上がり、再び勇者となって城の中へと、魔王である私を狙ってただひたすら進軍してくる。
その様は異世界で語られる勇者とは掛け離れ、私はまるで亡者の行進だと思いました。
私が魔王であり、勇者に救われる存在ではなく、勇者に滅ぼされる立場にあるから、余計にそう感じるのかもしれませんが……
勇者が塩の柱となって消滅した瞬間、私は安堵からか深い深い溜息を吐いていました。

「なんとか耐え切れましたね……」

「ぷう……」

疲れた、とばかりにミニちゃんも小さく鳴きました。
ミニちゃんもよく頑張りました。
勇者は魔王を狙うだけでなく、茶葉も根こそぎ奪っていってしまうため、隙を見て収穫する必要があったんです。
本当はミニちゃんに危険な真似はさせたくなかったのですが……ミニちゃんはその名の通り小さく、勇者に気付かれないで茶葉を収穫出来ます。
何よりミニちゃん自身が望んだ事です。お茶のお世話をするのがボクのお仕事だと。収穫をするまでがボクのお仕事だと。
私がこの子を生み出した際、一緒に茶葉を育ててくれるといいなと確かに思いました。
ですが、これほど影響を及ぼすとは……正直思ってもいませんでした。
ユニットを生み出す力を持つ魔王。魔王に使われるために生まれてきたユニット。
私はようやく魔王とユニットについて分かった気がしました。
やはりこの子は献身的過ぎますね。そして真っ直ぐです。
私が生み出したユニットだからでしょう。魔王の役に立つために存在するユニットとして、生み出してしまった私のせい、でしょうね。

「ぴい！ぷくぷく」

悪い方に物事を考えていた私を引き戻してくれたのは、やはり可愛らしい声の持ち主でした。
コポコポと泡立つ毒沼をケロッとした顔でスイスイ泳ぎ、こちらに近付いてくるミニちゃんと同じ子竜、通称紫ちゃんです。
紫ちゃんは元々普通のミニちゃんでしたが、私が誤って毒沼に落としてしまい、偶然にも環境に適応した強い子です。
落としてしまった時、私は私自身の手で守りたいものを失ってしまったと後悔しました。
本来ならばいくら謝罪しても許されざる事態です。今回は運がよかったとしか言いようがありません。そう何度も奇跡は起こらないでしょう。
もうこんな事にはならないよう、私は固く心に誓いました。

「ぴっ！ぴゃっぴゃぷ！」

「ぴゃーい！ぴゃーい！」

ミニちゃんと紫ちゃんは勇者を退けた事を喜ぶように鳴いています。
ぴょんぴょんと飛び跳ねるミニちゃん。ひょこひょこと毒沼から顔を出す紫ちゃん。
生まれた事が偶然だからでしょうか。紫ちゃんはミニちゃんに比べると自由気侭です。
全く言う事を聞いてくれないわけではありませんが、ミニちゃんが無理をしてまでも私のお手伝いをしたがるのに対して、紫ちゃんはやる事がなければ好きに泳いでいるからです。場所は毒沼ですが。
私としても紫ちゃんぐらいに振る舞ってもらえると気楽なんですが……いけませんね。生み出した私がそんな事を言ってしまっては。
幸い元々は同じだからでしょう。ミニちゃんと紫ちゃんはとても仲良しです。
紫ちゃんが遊びに誘い、ミニちゃんも遊ぶようになってくれればいいのですが……あ、遊び場は毒沼以外でお願いしますね。
仲間は城に設置された毒沼の効果を受けない力を紫ちゃんは扱えますが――魔法が得意な子がモデルのため、ミニちゃんも茶葉の成長促進の魔法を扱えましたが、環境に適応した結果でしょうね――念には念を、と言いますから。

「ミニちゃんも紫ちゃんも疲れたでしょう？お茶にしましょうか」

そう言うとミニちゃんも紫ちゃんも元気よく返事をしてくれました。
微笑ましいですね。思わず笑みが零れます。紫ちゃんが増えて可愛さ倍増です。
あ、ミニちゃんが早速お手伝いしようと張り切ってますね。嬉しいですけど、今回は私に全部やらせてくださいね。
だって城を、私を守ってくれた、私にとってそれこそ異世界で語られる勇者なんですもの。お礼をしないと気が済みません。
父さん。勇者はとても怖いですけどなんとかやってます。
だから気長に待ってます。と、言えるほど私は強くありませんが、私を連れ帰るためにどうか無理はなさらないでください。
でも、ミニちゃんと紫ちゃんのためを考えると、なるべく早めに迎えに来ていただけたら嬉しいです。