ENo.0022　チャリンジャリ

月は下弦。
象牙色の半円が名残惜しむ様に地平を離れた頃合、夜露はまばら、草木は微睡みの入り際に。

レースカーテンを貫き、常よりも濃く差し込む月明かりを受けて、私は目覚めを迎える。
刻は一時を回らぬ頃。

　　　───どうした夢を見ていたのだったか。

臥したままに天蓋を眺め、自らの辿り歩んだ夢路へと暫し思いを馳せるも。
眼前に横たわる、そして否応にも想起される現の際へと心は引き戻され、儚い記憶の糸は敢無く途切れる。

そう。大窓の向こう、疎らな星空に皓々と自らを示す今宵の月は下弦。
今日この日は、あの狂い身共の再び襲い来る日。



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行き来たる日々と同じように、私は御主人の代わりとして、私の為すべき事を為す。
この城とこの領の恙無き様を保つために。

御主人の御力の及ぶ範囲、手ずから治める領土は、この城よりおよそ一里と離れた処まで。
今は留守居の身たるこの私が、そのすべてに責を負う。

そうしたことは幾度も有った。
城代として領を預かり、政を執り行い、地を治める。瑕疵無きように。遜色無きように。

しかし。
彼の“勇者”とも呼ばれる狂い身の群れ。
巷説には良く上るも、この目で捉え、また戦火を交えたのは初めてだった。

以前にも謀反や乱の類を鎮めた覚えが有るにせよ、先の争闘はそれとは明々白々に趣を異にしていた。
ことも呆気無く崩れ去り、そして再び元の形を取る奴儕共。
定められているであろうその時刻まで、愚直に寄せ攻め来るあの姿。
只管に守りを強いられる戦いの在り様。

剣を合わせ、打ち倒す対手としては実に他愛も無い腕のほどであり、
いくらかかり来ようがこの城の陥落する虞の些かも無いと見えたものの。
日に日に狂い身共の振るう力は増しつつあるとも噂されている。
件の『澱んだ彗星』の言い示した亡き創造主の再訪までに、果たしてどれほどの来襲が有るものか。

……蓄えなければならない。整えなければならない。備えなければならない。
御主人の居られぬこの時は、私がこの地を守らねばならぬのだ。



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四時を幾らか過ぎ、半月も天の頂に至りつつある頃。
柚子の薄切りを浮かべた紅茶を口にしながら、私は政を想う。

この城に迫り来る狂い身共の勢力が今後如何ほどまでに殖えるものか。それは分かるまい。
この領のみで賄える物資や戦力で今後の戦役を切り抜けられるものか。それも分かるまい。

ならば、幾ばくかの助力を呈し合うが賢明かつおそらくは必要であろう。志を同じくする他の魔王達と。

先の襲撃では既に一つの力添えを得た。
アウラ・アウレリーラ。曰く、『氷雪の魔王』。
その素性も人柄のほども定かならぬながら、確かな一助となった事に相違は有るまい。

加えて、来たるべき今日の、そしてこれからの戦いに備え、新たに四名の魔王に盟を申し入れている。
簡素ながらも挨拶を送り、顔合わせも済ませてあるが。
ただ、これらの盟はみな私が独断にて進め、結んだものだ。
御主人が帰られた暁になんと評されるか。

視線を落とし、未だ湯気の薫り立つティーカップを置く。

この領の内ならば勝手も知れようが、外となればこの渾沌とした世の様の事。
外交に於いても御主人の望む行いを徹せられていると、躊躇い無く言いおおせる訳ではない。
見落としてはいまいか。
読み違えてはいまいか。
逸脱してはいまいか。
───盟の相手が如何なる者であるか、それは行く行く見定めねばならない。

しかし、それでも。
力の有る魔王達と手を組む事は、扱い様を誤らねば益となろう。
先見えぬ試練に晒されつつあるこの地に在って、ひとつところを治める魔王として、
それを支える者として、権勢を保たんとするならば。



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間もなく夜が明ける。

貼り付くように冷えた空気に気配が混じる。訪れ、幕開け、口切り、そういった。

為すべきは為した。
備えるべきは備えた。

残るは、振るうこと。打ち砕くこと。制圧すること。蹂躙すること。───君臨すること。

迫り来る有象無象が、果たして何者に手向かっているのか。
それを悉くに知らしめてやろう。いくたび甦ろうとも。

私は、魔王の代行者である。