ENo.0098　ゼファロム

かすれた視界を真っ赤な天井が覆い尽くす。
金色の装飾に縁取られた赤い天井は煌めくシャンデリアも相まって、目覚めのぼんやりした頭には刺激が強い。
部屋の中は外からの日差しで明るかった。
眩しいほどの太陽の光は、昼まで眠ってしまったのだろうかと錯覚したが、時計はまだ8時をまわったところだった。
随分と日が出るのが早くなったものだ。
春の心地よい陽気についベッドから出たくなくなるが、強い日差しがそれをよしとしてくれない。
ボクは起き上がると、黒いネグリジェを脱いでワイシャツとズボンに着替えた。

机の上に置いてあった携帯端末を見ると、ブライトクルーシブルの本団からいくつも通知が入っていた。
この世界に来てから何ヶ月も経つが、やっと本団から御達しが来たのかと思うと呆れてものも言えない。
通知の内容はどんなものかわからないが、きっと碌でもないものだろう。

……今度はもっと田舎の世界に飛ばされるのではないだろうか。
嫌な予感が脳裏を過ぎる。
こういう時は見なかったことにしよう。
ボクをこれだけ待たせたんだ。ボクにも待たせる権利はあるよね？

端末の画面を切り替えて、ボクはいつもの兎耳の待ち受け画面にした。
兎の耳をした変な動物。
口から血を流している。


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「アッ！」
「御主人様、オハヨーゴザイマス！」


食堂に入ると、部下のバリオが挨拶をしてきた。
朝食の準備をしている最中のようだ。
彼は小さな体でせっせと食堂の長テーブルに料理を運んでいる。
テーブルの上にはハッシュポテトにベーコントースト、スープと山盛りのサラダが置いてあった。
このアストラルパークの豪華な内装には似つかわしくない、庶民的な料理ばかりだ。


「おはよう、バリオ」
「今日はちゃんと献立を変えてくれたみたいだね」
「イツモ変エテマスヨ？」


1ヶ月ほど前にボク達は喧嘩をしたが、今ではいつも通りの日常を送っている。
彼は喧嘩した次の日にはケロッとしていて、いつもの様に挨拶をしてきた時は流石にボクも唖然としてしまった。
あれだけメソメソしていたのに、お酒を飲むとすぐに立ち直るなんて気楽でいいものだ。
あんな酔っ払うだけの消毒液の何がいいんだろう？

ボクの気も知らずに、彼は朝食の準備を終えた。
ふと彼の席を見ると、ボクの食事とは別の料理が置かれていた。


「バリオ、何それ？」
「コレデスカ？ 豆腐デス」
「トウフ？」
「豆ノぷりんミタイナモノデス。 健康ニイインデスヨ」
「ふぅん、美味しそうだね。 ちょっと頂戴よ」
「アッ！」


彼が食べようとしていた四角い料理をスプーンで掬い口に運ぶ。
その瞬間、ボクはうっと口に入れたものを戻しそうになった。
想像していたプリンのような甘さとはかけ離れた、美味いとも不味いとも言えない味気なさが口に広がった。
確かに豆のような風味を感じるが、独特の舌触りと変な苦味にボクは顔をしかめた。


「……なにこれ」
「豆腐デス」
「全然味がしないんだけど。 こんなの食べて美味しいの？」
「人間ハコレガ美味シク感ジルンデスヨ」
「嘘ばっかり」
「御主人様ニハコノ味ハワカラナイデショウネ」


そう言いつつも、彼は味わうような素振りも見せず豆腐を一気に口に詰め込みスープで流し込んでしまった。
そしてドレッシングもつけずにサラダをムシャムシャと食べ始めた。
彼はいつから菜食主義に目覚めたのだろう？