ENo.0052　はぐれ機神官『ブロッサム』

「──上書き措置完了。全コントロールの掌握を確認。これより、城内を整備モードに移行します」


　金属の塊が地面に転げ散らばる耳障りな衝撃音とともに、平板で無機質な電子音声が響き渡る。
　決して狭くはない石造りの部屋、その床に散乱する兜、胴鎧、小手、具足……その傍らには、抜き放たれたきりその役目を果たすことなく小手の指に握られたままの長剣が、一太刀すら切り結ぶことのなかった純白の刃を晒して転がっていた。

　部屋の中央では、原理すら不明な黒々とした巨大な窯のごとき構造物が、周囲の壁へいくつも伸ばしたパイプ状の導線伝いに、低く震えるような駆動音を伴って「何か」を部屋の外へと送り出し続けている。
　この黒窯もどきを守るように最前に立ち塞がった西洋鎧姿のガーディアンが全身をバラバラにされて活動を停止したことで、この部屋を守るものはもはや存在しなくなった──のであるが、侵入者の目的は黒窯もどきの破壊ではなかった。

　ガーディアンの残骸を足元に見下ろしながら、侵入者──電子音声の主は、続けていずこかへ向けた言葉を発する。
　全身を金属質な外装甲と電子回路で覆った、マネキン人形のようなのっぺりとした外見のその異形は、武器ひとつ帯びぬ身軽な姿のまま、黒窯もどきの鎮座する部屋の中央に数歩、歩み寄った。


「聞こえていますか、契約主様。
　只今、魔王城の中枢魔力炉を占領しました。命令権の設定を初期化して、一時的に私の指揮下に再設定したところです」

『ふふふ、お疲れさまだよ。ボクの予想よりもずいぶん早かったねえ』

「私の所有戦力との比較評価結果からすれば、想定誤差の範囲内です。
　契約主様のお見積もりは、少々安全策に偏り過ぎていましたので」

『さすがは戦闘用サイバープリースト、といったところかな？
　ボクの得意分野は幻術だから、直接の荒事はどうにも腰が引けてしまうものでねえ。ふふふ』

「……お戯れを、契約主様。
　あなた様の戦闘能力は、それこそ私の比較にもならぬほど絶大です」

『まあ、それはそれとして。
　どうだい？　先の話、引き受けてはもらえるかな？
　実際に“見て回って”もらった通り、キミ向きの“仕事”だと思うんだけれどねえ』

「………。否定はいたしません。
　念を押すようで失礼ながら、契約主様──任務達成の際には、確実に“あの”約定の履行を、お願いいただけるのですね」

『ああ、それは保証するよ。《風幻王》の名にかけて、何度でも改めて誓おうじゃあないか──
　魔王として15週間ボクの希望通り働いてくれたなら、キミの望みを何でも１つ叶えてあげる、とね』


　金属質の異形は、即答しなかった。
　何かを計算しているのか、それとも悩んで発言を留保しているのか……声のみが響く対話相手も、その沈黙に割って入るようなことはせず、じっと異形が口を開くのを待っていた。


「…………。了解、いたしました。
　先の契約を、正式に受理いたします」

『やあ、それはよかった。
　それじゃあ、改めてこれから“魔王のあそびかた”を色々と説明するよ。玉座の部屋まで戻ってきてくれたまえ』

「わかりました。これより契約主様と合流いたします。
　契約期間の105日は、合流後の契約再確認完了後よりカウント開始します」

『ふふふ、了解だ。
　キミ達の文化には少し触れたことがあるが、やはり面白いねえ……“連れて来た”甲斐があるよ』

「…………」


　姿なき対話相手の最後の言葉に、異形は反応を返さなかった。
　くるりと踵を返して部屋を出て行くその様子にも、のっぺりとしたその顔の表情にも、一切の変化や動揺はあらわれていなかったが……どこか「無理に沈黙している」ような雰囲気を、ぬぐえずにいるのだった。