ENo.0275　おろち

えんえんとのびる緑の畑。
ただ歩くだけで途方に暮れてしまいそうなその畑を守る、魔王ですら知らない、秘密の扉。
パプリカ畑の、一つだけ青紫の実をつける苗の、一番大きな葉がさす方向へ、７７８歩歩いて、足元の石を掴むのだ。
そこに地下への扉がある。

中から開けることはできない。
歯車の神が、地に横たえたその体を、重たくずるりと回すとき、誰にも見えず触れもしないからくりが、神の力を軋みながら運び、扉の蓋を持ち上げる。

石造りの階段を降り、降り、また降りて、部屋に足を踏み入れる。
床には無数に転がるがらくた達。
空き缶、布きれ、割れた蛍光灯、木っ端、ノート、牛の置物、野菜くず、フィルムケース、ラップの芯、何かのパーツ。
そして工具。
灯りはろうそく一本だけ。

きいきい音がする。
たったひとつの灯りに影が浮かぶ。
人間の形の黒い塊、ひらめいているのは手だろうか。
動きまわっているのに靴の音はしない。
ただ、あちらへこちらへ尾をひいてうろついている声がある。
独り言。いらついたような。

「……ああもう、もう、うんざりデス。
　どう考えたって、どうかしてマス。
　こんなこと。こんなところ。あのスクラップ野郎。
　ん？　イラシテたんデスか。」

階段に向けられた顔に灯りが当たる。
つるりとしたマネキンの顔、声は出ても唇は動かない。

「ええそう。
　そうデス。
　降参デスよ。
　こんなところでいつまでも、チマチマと繕いものやり続けるのは真っ平デス。」

揺らめく灯りが、マネキンの動かぬ顔を照らして、細やかな陰影を落としている。
たった一箇所、目だけが、生きたもののように光を返していることも。

「その、勇者とかいう、変態ども。
　ぎたぎたにして、せいぜいストレス解消させてもらいマス。
　……ああ。」

投げ出された布きれを拾い上げ、体に巻きつけて、マネキンはようやく安心したように階段を上り始めた。