ENo.0169　孤独王スヴェン

城壁。彗星を見上げる。その身を蝕むとされる呪われた黒い鎧をギシ、と音を鳴らして座る。怨霊の囁きを聴くとされる耳を塞ぐ手を模る呪われた甲冑に手をかけ、じっとその行く末を見守る。やがてそれが夜闇から夜闇へと消えたのを見て王は震え、その血を浴びるたびに常人ならざる凶暴を与えるとされる呪われし籠手を城壁へと叩きつける。しかしその力は今や衰え、堅牢な城壁にヒビさえも入らない。正直に言ってこの呪われた防具たちにも結構なダメージを受けている。

「何故、何故だ！そっちじゃない、あそこに！
何故勇者達の方目掛けて落ちぬのだ！」

数刻前、南天を見上げて両腕を掲げ、滅びの呪文を唱えた魔王の嘆きを聴く者はもう居ない。そのなけなしの魔力の殆どを費やした滅びの呪文、【災厄の星】は発動せず、あらぬ方向へと飛び去る。配下の魔物も魔族も討ち果たされた孤独の王の見立てでは、向こう数日の脅威をこの禁呪が蹴散らし、その間に対策を講じる予想であった。
眉をしかめ、細めた目はその城壁を凝視し硬直したこの男こそが後世に固く語り継がれた偉大なる魔王、『孤独王』スヴェン二世である。

そしてまさにこの時、スヴェンは無二の戦略を閃く。その細めた目が見開かれ、呪われた首飾りを手に取る。首飾りには先代スヴェン、邪神召喚によって人類諸国を恐怖の底に堕とした魔王の禍々しい笑顔をたたえていた。
かつて彼の父は、隠れてこそこそと邪神召喚を行うつもりではなかったと手記に記していた。だがこの目立った侵攻を一切行わずに邪神をポッと出で召喚する作戦の完成度が現実問題高すぎるせいで、その陽の目を見なかったおぞましく邪悪な戦術があったことを思い出した。
結果として父が選択した道は破滅の道だった、そしてこのスヴェンの飛び地制圧もまたそうであった、だが、そう。
間違えた選択肢のもう一つは正解であると仮定し、それに賭す度量を孤独王は持ち合わせていた。

一人きりの魔王はここに立ち上がり、既に残存する魔力の関係上相当な決死の覚悟をもって、数体の眷属の召喚を試みる。
ここに、いくら勇者が何億と隊列を成したとしても数を絞り対応し、また効率よくそれらを仕留めることの出来る『ダンジョン防衛』を築き上げた祖、
『孤独王』スヴェン、
偉大なる魔王、『孤独王』スヴェンが目覚めた。

彼は力強く南天の夜空を見上げ、そして中指を勢いよく立てた。