ENo.0081　めぐりめぐるもの

風が吹く。

この紅茶の大地では、初夏の風のやむことが無い。風は水を運び、若芽を躍らせ、人々の髪に戯れてそこかしこを駆け巡る。まだ老いる日を知らない若葉。伸び伸びと空を目指す枝。雲に触れようとするつぼみ。七日を待たない蝉の声。
新しかった。なにもかも、なにもかも。

「リンネ」

声が落ちた。草の上に、蟻の群れの中に。落とし主はすっくと伸びた枝を見上げて立ちすくんでいる。その髪を風が揺らす。初夏の熱が肌にくすぶる。

「リンネ」

枝は答えない。呼びかけた少女は鋤を握り直して、汚れた袖で汗を拭いた。
歩いて、歩いて、歩き疲れて、日の出と日の入りを何度も見た。頼りは魂のにおいだけ。姿は忘れた。合図を決めなかった。
それでも。

「みつけた、」

確信が喉を震わせる。たちまち少女の頬は緩み、ふは、と笑い声を零す。ああ、こんなところにいた！痺れる足でずかずかと木陰に踏み込み、震える手で樹皮に触れる。間違えるはずがなかった。縋るように枝葉を見上げると、ほら、隙間からちらつく木漏れ日に、いつかの優しい瞳が見える。
硬い幹に寄り添って、ねじれくるった根の上に腰を下ろした。初夏の風はきもちがいい。これほど心地よい場所を知らない。触れ合った樹皮と肌とが、融け合ってしまいそうになる。
そうして少女もまた、ここに根を張ることに決めたのだ。

今度のきみは樹だった。今度のわたしは農夫の娘だ。言葉の通じないかなしみを、出会いのよろこびがかき消す。なんだ、ふふ。こんどはおにあいのふたりだ。だって、ほら、同じ空で息ができる。傷つけずに触れることができる。

きみが樹なら、わたしはその下に家を持とう。毎朝きみの木陰で目覚めよう。きみのために水を運び、きみのために土を耕し、きみを支え、きみを実らせ。
そして、きみを糧に暮らそう。



あるときは学者と蝶で、あるときは猟師と渡りの雁で、あるときは未亡人と花で、あるときは、あるときは、
そうして繰り返してきたふたりの、これは、数え切れないお話のひとつ。ひとつとして同じもののない無数の運命の一節。
新しい。なにもかも、なにもかもが。



―――さあ、15週間をはじめよう。